苫屋

母の実家にも ごくたまに行くとそれは
いかにも粗末な平屋であり
その前庭には井戸があり
井戸の樋の端には木綿のサラシ袋がふくらんでいた。

「呼び水」を教えてくれたのも、この粗末な家にささやかに生きる祖母であった。

掛けてある大きなタワシは力の入る部分が擦り切れてなお
三度三度の膳のために水音を立てるのであった。
そのタワシは、祖母と重なってみえた。



栗の実がぎゅう詰めになったような 固く締まった土間を覗くと
石造りの水洗い場があり
そこが「台所」なのだと知ったのは、
私が小学生や中学生になり 社会科で
" 昔の農民の生活" を学んだことによる。

授業で
「昔の農家の造りを知っている人」と指されて
「ハイ、井戸があって平屋で、
朝から昼まで良く日が当たるように東と南側に畑があって
食べ物がなくて困ったときに食べられるように柿の木があります」。
祖母の住む風景をそのまま発言した記憶がある。




部屋の数は覚えていない。
せいぜい二つか三つだったような気もする。
掘りごたつがあって
でも暖をとっている祖母の姿は、まったく記憶にない。


牧歌的という言葉は甘すぎると感じるようになったのは
私が国語辞典をひらくようになったころである。
そう、「小作」という言葉を知ったのであった。


いやしかし、もっと違う生活だったのかもしれないと思う事もある。
祖母が「田んぼをやっていた」話は聞いたことがない。
祖母自身と、体の動かない "あてがわれた夫" が食べて行けるだけの畑を与えられて、
生きる意味など考えるのは途方もないぜいたく、という生活をしていたようなきがする。


時代的に考えると
「生きる意味」なんて考えるヒマがあったら、
水のひとつでも汲め! という時代だったのだろうから、
私がそんな勝手な推測をしてどうなるものでもないのだが
そんな私が、ここにいる。



私は

お女中さんというのは、ひたすらご主人のために生きる、
そのためだけの存在なのだ・・・・
「仕事する人」と認められるにもほど遠い立場の
「存在する」だけの人間も、あったのだ・・・


と、思うのが精一杯である。
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ひつじ

Author:ひつじ
テディベア作家、うさぎグッズ作家。Eテレ「にゃんぼー!」に在宅自作ベア全てが出演しました。飛騨高山テディベアエコビレッジ、那須テディベアミュージアムに蔵収展示。また米テキサスの音楽家のご自宅に展示して頂いております。テディベア及びうさぎグッズ全ての作品に於いて著作権は放棄しておりません。模倣は固くお断り致します。

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