ひつじにっき

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黒塗りのミシン

反して私の父方の母 (私の祖母) は、ある程度裕福であったと推測している。
関東大震災で目黒の家が被災し、
埼玉県に居を移したと聞いているが
そのときのリヤカーは
数年前まで庭で、その姿を風雨に晒していた。





リヤカーに積んで 難を逃れた物資の中には、
クランクをくるくる回して音楽を楽しむ蓄音機やレコード、
曾祖父が着ていたフロックコート、
尾崎行雄からの委任状、レ点の付いた漢文のような書物や、
髷を結っていた祖母や曾祖母が使うための高枕、
家紋の入った銘々膳もまた漆塗りであった。
琴、三味線、数々の着物や帯など、今も残っている。


明治・大正の薫りのするものが山のように今も
「ちょっとここに置いておく」といった風情で、本棚の上に置いてあったりするのだ。



足踏みミシンもその中のひとつ。



父方の祖母・よし子が着物姿に貝の口を結い
軽やかに踏む黒塗りのミシンが
とてつもなくモダンで、指をくわえて眺めているうちに
踏み方のコツや下糸の巻き方を覚えた。



私は4~5才で「きぬ」という素材を知り
「きぬやウールをぬうときは、きぬいと。ごうせんは あわない」
というのを聞きかじる門前の小僧となった。

(ごうせん というのは「合繊」で、現在主流の糸を指す)

祖母よし子は「職業婦人」のはしりだったように思う。


機嫌のよい時は私に、
「くれてやる」と言って
動物に餌をやるように、ぽいっと「きぬの端切れ」を投げてよこした。

そんなことも嬉しかった。


ある日私が学校から帰ったら、
祖父母とともに ミシンも桐の箪笥も消えていた。
廊下に、擦りキズがついていて
それは いつにも増して刺々しい空気を孕んでいた。



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