ひつじにっき

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正しく生きる人にとって私は

「女中が産んだ子」である私の母への
よし子の仕打ちもあからさまであったし
「その子供」である私もまた、
汚らしい存在だったようだ。

私は自分の存在をそう自覚するとともに、
件の鶯張り廊下の家に何度か連れられて行った理由も
納得した。




よし子は長女であったので、
家系を「正しく」存続させることに縛られていたのかもしれない。

だからこそ、よし子の長男である 私の叔父 に期待をしていたのだろう、

しかし

その期待が叶わぬものとなった

(叔父は本家を出て遠い所に居を構えてしまった) とき、

次男である私の父に 期待の矛先を向けたのも無理からぬ流れである。



果たして、その次男は「下女の産んだ娘を嫁にとった」のである。
しかもその次男(私の実父)は
私の想像の範疇を出ないが、
よし子の実子ではないと思われる。

だって 私の父ったら、
祖母・よし子にも 祖父にも不自然すぎるほど似ていない(笑)



存在を認めたくない次男が、

気に入らない嫁をとり、自分の名字が増えていく。



よし子の絶望感とプライドの崩落は

今の時代に照らすと、想像に絶するものがある・・・




「汚い子」「縁起が悪い子」と、何かに付けて言われ

私は忌み嫌はれる存在なのだと自覚したのは、

日本語がとてつもなく深いもので

そのまた奥に 悪意が潜む場合もある言語なのだと気付いた、

10代になってからだった。



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